カテゴリ:うれし、悲し( 21 )

時計

数年前に母親からもらった父親の形見の時計の針がはずれてしまったのは、今年の春。
半年前ころセイコウエプソンに修理を依頼して、こないだやっと戻ってきた。
錆びて茶色になってた時計がピッカピカ。
風防も割れていたのを取り替えてもらって、すっきり。
オーバーホールというのをやったそうな。
ちょっとお金かかったけど、持ってる小物の中では一番の光物で高級感溢れるものになってしまった。骨董品だけどお出かけの時は装着しているとなんだか安心。
時間はちょっとずつ狂うけど、時々合わせるのも良いもんだし、ネジを巻くのもペットに朝をあげるみたいで楽しいもんだ。
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けど、見苦しい腕でした。
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by y_yosuke | 2015-10-05 21:15 | うれし、悲し | Comments(0)

お茶会

富士見町のお茶会の方達から、避難してる人をホテルへご招待いただきました。
温泉ホテルで、抹茶を頂きお風呂に入り手作りの昼食を頂き、デザートまであって帰りにもう一度抹茶を頂き励まされ、手作りのおみやげまでいただきました。
全部で4家族位来ているらしいのですが、今回集まったのはいわきから娘さんと来たというおばちゃんと3人だけでした。
心配りに感謝です。
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by y_yosuke | 2012-02-26 21:27 | うれし、悲し | Comments(0)

先週に続いて

またいわきに行ってきました。
実はその前に長瀞で短いレースがあって、それを楽しんだ後那須へ。
今回は実家の那須で父親の最後の法事23回忌でした。
母親と兄弟だけで、お経を上げた後、那須温泉の旅館でお風呂に入って早めの夕食でした。
かつて実家に帰るといつも誰かの子供がいたりして賑やかでしたが、もうみんな大きくなって親にはついてこない年頃になりました。
特に兄とは年が離れていたので共通の話題もなく、一緒に遊んだ記憶も無く、楽しくお食事をした記憶もなく、つまりあまり兄弟のようでは無かったのですが、たまにはこんな機会も良い物です。
いわきへ行ったのは家と工房に火災保険をかけてあったのですが、地震に対応してるとは知らず放って置いたのですが、別の用事で電話をしたときに対応してるというのを聞いて今日に至ったのですが。
ひずんだところや、傾いたサッシなんかも対象になるみたいで、ちょっとでも出ると嬉しいけど世の中そんなに甘くないと嫌と言うほど思い知らされてるので、宛てにはしません。
夕べ、パソコンで世話になっていて、毎週パンを一つ配達していたお家に地震の前の日以来行ってみました。
その時は見えなかった孫が一人増えて、賑やかで平和で楽しそう。
住んでいる団地の放射能マップがあって、それを見て嫁様の散歩コースを決めてるとか。
平和に見えてたけど頑張ってるのね。
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by y_yosuke | 2011-12-15 01:18 | うれし、悲し | Comments(0)

那須のお別荘

震災後那須に避難して二週間位の内に空き別荘を提供してくれる持ち主の方がいて、秋までずっと使っていたのですが、長野が決まっていつまでも借りているのも申し訳なく、きれいにお掃除してお返ししました。
今回はそのためだけに那須へとんぼ返り。

半年以上暮らした別荘地は毎朝走っていたこともあって、馴染んでしまって愛着が湧いてしまった。
すれ違う散歩の方たちを交わした挨拶や、管理事務所のおじさんや、毎朝吠えてくるわんこ。

持ち主に長野に決まったと告げるととっても喜んでくれて、是非今度そちらに遊びに行きたいと言ってくれました。
季節の良いときに無償で貸してくれたんだから本当に善意だけの方たちで、良い形でお返しできると良いんだけど。
話してる内に、ポポーが大好きというのがわかって、実家によって冷凍してある果実を食べてもらいました。冷凍してのは独特の臭いが薄まって、美味しいもんだねー。
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by y_yosuke | 2011-12-07 01:18 | うれし、悲し | Comments(0)

さむい、、

昨日は突然冷たい風が吹き付け、夕べの内に雪が降った。
朝には雨に変わって氷はしなかったけど。
取りあえず、冬タイヤに交換しました。
これでいつ道路が凍っても大丈夫、、と思うが、
この辺りの冷え方は半端でないらしく、かちんこちんにぴかぴかに凍るらしい。
ダイヤモンドダストみたいな、、かな。
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by y_yosuke | 2011-12-02 19:20 | うれし、悲し | Comments(0)

移住地が決まった

長野県富士見町
標高1000メートル位の所。
八ヶ岳の北側で、町全体が南向きの町。
風通しが良い分、冬は寒いかも。
田んぼと畑がそれぞれ二反5畝。小さいけど家があって、工房を建てられる空き地があります。
これから工房の算段をしなくちゃいけないので、再開まではまだ時間がかかりそうですが、取りあえずほっとしました。

いわきの山には3年かけて建てた家と1.4haの土地があるのに、なんで、、と未だに思うけれど、その思いは箒ではいて、水で流して。

ともかく、早く働き始めたい一心。
とは言え、まだ農機具も運ばないといけないし、お菓子を焼くオーブンもどうしようか、方針付かずにいますが、元気でいるのでなんとかなるでしょう。

今回は、富士見町役場の農業委員会の方にお世話になってしまいました。
建物の引き渡しは11月の末頃なので、まだしばらく仮住まいは続きますが畑や田んぼはいじれるので、早速草刈りを始めました。
来年の春には又田植えが出来ると思うと嬉しいです。

ご心配かけ、応援してくれた皆様には感謝です。
ありがとうございました。
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by y_yosuke | 2011-10-27 21:22 | うれし、悲し | Comments(7)

移住開始

長野県富士見町へ移住開始しました。
移住完了ではありません。
まだ中途半端な状態ではあります。
町の農業委員のご協力で家と畑が見つかってますが、まだ契約には至っていません。
持ち主の方が忙しいようで、引き渡しはうまく行って12月になりそうです。
せめて契約できていれば、12月何日と言えて安心できるのですが、それまでは「やっぱりやめた」と言われる可能性もあります。だから、二ヶ月間どきどきでいないといけません。

農業委員のお世話で、避難者のための町営住宅に入るところ、民間の一戸建て住宅に落ち着くことが出来ました。
地元の建設業をしている方が持っている使っていない普通の家です。
国道20号線の一本裏の通り沿いで、2分位の所に道の駅があって温泉にも入れます。
この辺は上蔦木という400年の歴史のある宿場町だそうで、もうすぐ地区の祭りがあります。
120くらいの集落ですが、今までいたところは10世帯なので、とても賑やかなところに感じます。

本命移住予定の場所はここから15分位の小六と言うところ。
何年も使ってない畑と田んぼをきれいに使うというのが、持ち主の条件。
今度は有機認定でもしてやろうかと思ってます。

そこの家は二部屋の小さい家なので、仕事場は別に建てないと行けない。
戸渡で使っていた新しい納屋を持ってこようと思って解体し始めていたけれど、福島の花火上げることさえ許されない今日この頃。
今は静かでも何が起きるかわからないので、持ってくるのは止めました。
オーブンやホイロも噂の原因になりそうだから、使うのは止めておこうかしら。
全部そろえるには5年位かかるかも。仕事しない方が良いような、、、、

だいたい、東京で作ったパンさえ福島の人が作ったと言うことで買わない人がいる位だから、仕事始めて今までのように注文来るんだろうかって、ちょっと気弱なことを考えたところでどうなるわけでもないし。
応援してくれてる人がたくさんいるのは事実なので、あまりお金をかけずにぼちぼち再スタートと言うことになります。
今は仕事が出来る倉庫か空き店舗を探して、仮営業を始めようかと思ってます。
自分の工房が出来るのはしばらく先になりそうです。

再開に当たって、横浜でカフェで働いていた二番目の息子が手伝うというのですが、まだみれっとの働く場所も家も無いのに、先に会社辞めてしまって、元気余してます。
空気も水も違うところで同じ物が出来るかどうか心配ですが、仕方ないですね。

ここらは、八ヶ岳の伏流水を使っているので、水はとっても美味しいです。
とにかく少しずつでも前に進めて行かないと何も始まらない。

今までなが〜く使っていた、愛車のタウンエース・ノア・フィールダー、19万キロになってへそを曲げて、エアコン壊れて、ラジエターもしかしたら水漏れ、バンパーは落ちかかって、アンテナはいたずらで壊されて、しかも後10日で車検。
3月から土地探しで走り回って半年で2年分走ってしまったせいかも。
後10万キロ走ったら、次はもう少し程度の良い中古車を買うぞと思っていたが、こんな時に無理ね。
悩みの種が、大波小波で次々と打ち寄せる。

こんな時でも、忘れてはいけないのが、かけっこね。
ちゃんと人にあきれられる位走ってます。
レースにも出て、体力落ちないように努力してます。
仕事場さえ決まれば、出力100%で始めます。
注文来ればですが。
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by y_yosuke | 2011-10-06 21:20 | うれし、悲し | Comments(5)

芳子おばちゃん

昨日帰る前に芳子おばちゃんの顔を見てきました。
相変わらず元気で安心。前に来たときに、BSしか見られなくてつまらないと言っていた。
確か難視聴区域で衛星で地上デジタルが見れる事になっていたはずと、対策センターに電話して、対応してもらったはずなのに、いまだにそのまま。
部落の区長様とか副区長様とかいるけど役には立たず、いろいろ不自由していて、かわいそう。
まずは対策センターに電話して、一人目のオペレーターは能なしで訳のわかんないやつ。もう一度電話すると、優しいおねーさんが出てすぐにその場で、対応してくれました。
天下の総務省の出先機関のオペレーターのレベルがここまで違うかと実感。
おばちゃん地震からずっと避難生活していて、電話も電気も避難者は使用料免除になることも知らず払い続けていた。
これは行政が酷い。年寄りはほったらかし。東北電力には電話して、対応してもらったけど。
NTTは繋がらず。又今度になってしまった。
自己申請しなくちゃ免除にならないなんて、ひどい。
机の上には被災者の保証金支払い申込用紙がどんとあって、もう何が何だか解らないし、領収書も取ってないし、出せないわぁ、、とあきらめ顔。
もう既に、地域サービスもコミュニティーも崩壊状態。いわき町の役人は勝手に安全宣言して、何もなかった顔でのんきに机の前に座ってると思うと腹が立ち、もうここには住めないと思ってしまう。
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by y_yosuke | 2011-09-19 10:01 | うれし、悲し | Comments(0)

川内村のランナー

隣村の温泉が無料で再開してると聞いて、ひとっ風呂浴びて帰ろうかと川内村へ向かいました。
まだほとんどの家はカーテンがかかったままで、畑も田んぼも荒れ放題。

村のガソリンスタンドのおにーさんは前から走っているあんまり大会には出られないランナー。
3月14日まで営業して避難の車に燃料を入れていたそうな。
あちこち点々と避難して4月には営業再開。人の住んでいない村では緊急車両がお客さん。
水と空気のきれいなことが取り柄の阿武隈の山の中では、家族がばらばらになったり、避難し続けてる状態で淡々と仕事をこなすのは寂しい限り。
小さい子供がいる彼の奥さんは山梨に避難中。何れ実家の神奈川へ。

年寄りばかりの村にならざるをえない川内村の復興を目指す村長の気持ちはさぞ辛かろう。

川内の湯は平日無料営業で日曜はお休みで入れませんでした。残念
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by y_yosuke | 2011-09-18 23:31 | うれし、悲し | Comments(0)

爽やかな朝

戸渡に荷物をまとめに来てます。
爽やかに風が流れて、木の葉が揺らめき、お日様が優しく顔を出すところ。

今回は、税務署から申告期限が9月30日と言ってきたので窓口に行ってきました。
3月11日にホームページで数字の書き込みをしていて、一度保存したところでぐらぐらっと。
だからまだ完成してないし、書類も足りないかも。

被災者用の相談場所があって、30分ほど待って親切に税金と消費税を計算してくれました。
振り込み用紙出払いますかと聞かれて、お金ありません、と応えると、では担当へと別の窓口へ。
これから一年間支払い猶予が出来ましたので、計画を立てて下さい、、と言われ。
かくかくしかじかは、時間の無駄。

なんのための税金か、、とか、僕の生活奪ってくれて守ってくれるべき国にまだ金を払わないと行けないの?とか、紙に書かれたこと以外は対応できない窓口にうだうだ言ってるより早く帰って荷物をまとめたり、友達に会ったり次のこと考えたりしたいもんだ。
みんなおとなしく従うよな〜、僕もだけど。
もう気力が底を尽きてる感じ。
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by y_yosuke | 2011-09-16 08:50 | うれし、悲し | Comments(0)